富田望生さんは、愛嬌たっぷりで、ちょっとぽっちゃりした可愛い女優さん。
あの笑顔の裏には、画面を圧倒する、すごい実力が隠されているんですよ。
なんとなく印象に残る演技をされる女優さんですよね。
その印象的な演技をされる演技力はどこから来るのでしょうか?
あの笑顔からは想像できない、過酷な経験されている富田望生さんを紹介したいと思います。
お付き合い下されば嬉しいです。
富田望生・父親は事故死 父親の顔を知らずに育つ
富田望生さんの人生を語る上で、まず触れておきたいのがご家族の事。
富田望生さんが生まれる少し前に、お父様は事故で亡くされています。
だからこそ彼女の成長をずっと支えられたのは、
お母さまの計り知れない愛だと思います。
富田望生さんは、あまりメディアにご両親の事やご家族の事を語っておられません。
とてもデリケートな部分であり、プライベートな事なので
当然の事かもしれませんね。
子供の頃 富田望生さんは福島県で育ちました。
大好きなピアノを習うごく普通の女の子。
将来はピアノの先生になることを夢見ておられたんですって。
多分、お父様がおられない寂しさや悲しさは大きかったはず。
その寂しさを紛らわすために、一生懸命ピアノを練習されていたのかもしれませんね。
お母さまも、突然、しかも妊娠中に旦那さんを亡くされたわけですから、その悲しみは計り知れません。
富田望生(とみた みう)は本名。
名前の由来を調べてみましたが、公表はされていませんでした。
望という字には、夢や希望に向かって前向きに の意味があり、
生という字には、生きるという意味があります。
父親がいなくても、「夢や希望に向かって前向きに生きる」ようにと願いを込めて、お母さまが付けられたのかな?と思っています。
富田望生 母との生活
2011年東日本大震災が富田望生さんの人生を大きく動かします。
震災後は、家族はお母さまの仕事の都合で、慣れ親しんだ福島の地を離れて、東京に引っ越し。
住み慣れた場所を離れるのは本当に辛くて嫌だったそうです。
東京に行く新幹線のなかで「東京になんか行きたくない。今からでも福島に戻ろうよ」と言って母を困らせたのを覚えています。=リクルートワークス研究所より引用=
雑誌のインタビューでも語っておられますね。
でもこの大きな変化が、女優 富田望生さんの新しい人生の第一歩になったんです。
大人でも突然環境が変わることにはストレスがあるのですから、小学生の子供が、突然 それも震災を経験し、転居しないといけなくなるなんて 理解できないし、深くしこりに残る出来事だったと思います。
お母さまは、ご主人を亡くされているのですから、当然一家の大黒柱。
家族を支えるために、福島を離れることも苦渋の決断、母親としては、辛かっただろうなぁと思います。
誰だって、住み慣れたところがいいですから・・・。
富田望生さんも、慣れない東京の生活をする中で、ピアノを習っても、福島でのピアノ教室の事が忘れられず、続かなくて、何もしていない事を変えたい と子供ながらに思っておられました。
そんな時に、たまたまインターネットで見たタレント募集に応募されました。
週に1回レッスンに通う場所がある、ということがそのときの私にとってはすごく心強かったんです。女優になりたいというよりは、ピアノに代わる習い事感覚でした。
=リクルートワークス研究所より引用=
急な環境の変化でどうしていいかわからない毎日の中 きっと ”自分の居場所”
を見つけられたんだと思います。
富田望生さんの笑顔の裏には、たくさんの経験を乗り越えてきた強さが秘められているように思います。
富田望生 震災の経験を糧に女優へ
富田望生さんは、震災で福島を離れた時の複雑な気持ちを、後に「運命の出会い」で救われたという、素敵なエピソードを語っておられます。
それは、「ソロモンの偽証」の舞台挨拶で福島に行ったときに、監督が会場に向かって発言された言葉です。
「こいつはこの作品と出合うために福島を離れる運命だったから、よろしくお願いします」と言ってくださったんです。その言葉が私を混乱から救ってくれました。私が演じた役は、出合うべき役だったんだ。=リクルートワークス研究所より引用=
監督が、富田望生さんの気持ちを理解しているからこその言葉ですよね。
自分の居場所を見つけた富田望生さんですが、この言葉で女優として生きていく気持ちがさらに固まったんですって。
生まれる前に父を亡くし、東日本大震災を経験し、辛い思いをたくさんした経験を糧に、前向きに生きる 望生さん!
誰よりもきっと、お母さまが喜んでおられるのではないでしょうか?
決してメディアで多くを語っていない 富田望生さんですが、お母さまとの絆を感じることができるのは、言葉にしなくても あの屈託のない笑顔や、全身で体当たりする演技力が全てを物語っていると思いませんんか?
富田望生さんの経験が、素敵な個性と、女優としての深ーい魅力を作り上げているのではないでしょうか?
今後どのような感動を届けてくれるのか楽しみです。
まとめ
富田望生・父親は事故死 父の顔を知らずに育つ
- 父親不在を母の深い愛情が支えた幼少期
- 富田望生は父の顔を知らずピアノ教師を夢見る
- 「夢や希望に向かって前向きに生きる」願いが名前に?
富田望生 母との生活
- 震災で福島を離れ母の仕事の都合で東京に転居
- 辛い環境の変化の中タレント募集に応募し居場所を見つける
- 女優業はピアノに代わる習い事感覚から始まった
富田望生 震災の経験を糧に女優へ
- 監督の言葉が転機に「運命の出会い」として混乱から解放
- 辛い経験が女優として生きる気持ちを固める糧に
- 母との強い絆と経験が個性と深い演技力を生んだ

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